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長嶋茂雄の高校時代の野球は、1発の特大本塁打で注目を浴びる

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長嶋茂雄は、3年で主将、印旛沼中学対抗野球大会の決勝でランニングホームランを成し遂げ優勝。
高校は名門千葉第一高等学校の誘いを蹴り、佐倉第一高等学校(現佐倉高等学校)へ入学。

 

野球では無名な高校でしたが立教大学生がコーチ(同校のOBで、長嶋2年の時に監督になる)の厳しい指導のもと、長嶋茂雄は野球に打ち込みました。
この時期、身長は伸び続け、3年になる頃には180cmを超える勢いでした。
2年から4番打者に、3年で、失策の多さからサードに変えられました。
“サード長嶋茂雄”の誕生です。

 

3年の時、南関東大会に千葉県代表として出場。
初戦で全国大会準優勝経験の熊谷高等学校戦で、高校公式試合唯一の本塁打を打ちます。
試合には負けたものの、この350フィート(107m)の超特大アーチは一役注目を浴びることに。 

 

大学進学を希望していた父親は、大映や巨人軍などからの誘いを独断で断ります。
立教の砂押監督の“スパルタで人間を作る“という言葉に惚れ込み、立教大学進学に決まったのです。


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