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長嶋茂雄は、退任後闘病もしながら様々な栄誉賞を授与される

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長嶋茂雄が2001年に監督業を勇退し読売巨人軍終身名誉監督となり、現役生活・監督生活、計35年の巨人軍生活にピリオドを打ちました。
退任後の翌年には、長嶋茂雄は、宮崎市名誉市民と佐倉市の名誉市民に顕彰され、第一号の立教学院栄誉賞も受賞。
その年の年末にはアテネ五輪野球日本代表チームの監督に就任。

 

しかし日本五輪出場も決まった最中、2004年3月4日に脳梗塞で倒れ入院。
命に別状はないものの後遺症が残り短期間での回復も不可能と診断されます。
肩書はそのままに現地での指揮は中畑清ヘッドコーチを代理に参加は断念。

 

2005年11月3日、文化功労賞(スポーツ振興)に決定、翌年には「長嶋茂雄ドリームプロジェクト」をオリンピック代表選手中心に始め子供への野球指導を行いながら、少しずつ公の活動を広げていきました。

 

2013年5月には愛弟子松井秀喜とともに国民栄誉賞を受賞します。
翌月には千葉県民栄誉賞を受賞し、7月に表彰式の行われた岩名運動公園第一野球場が長嶋茂雄記念岩名球場に改められました。


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