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巨人軍長嶋茂雄は母親の懇願がなければ、南海長嶋茂雄になっていたかも

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高校時代からプロ入りの誘いを受け、立教大学でも神宮でシーズン8本塁打、5シーズン連続ベストナインに選ばれるなど、多くの記録を残した長嶋茂雄。
当然のように様々な球団が長嶋茂雄獲得のために動いていました。
ドラフト制度が始まる前、獲得競争の激しい時代のことです。

 

当時、本命は南海ホークスと言われていました。
南海は毎月栄養費を渡し(後に返却される)、長嶋の野球部先輩大沢啓二に誘わせたりと様々な手で獲得に乗り出していたからです。
と同時期に巨人軍も、家族に接触し説き伏せる作戦に動き出していました。 
茂雄の母親が「入団するならせめて在京の球団に。」
と懇願されたのが決め手となり、長嶋茂雄は南海から巨人軍入団へと一転したのでした。
家計を支えるために働き通しでいた母親を尊敬していたこともあり、母親の懇願は断れませんよね。

 

こうして、それまで千葉繁が着けていた背番号「3」、契約金当時最高額の1800万円、年俸200万円を受け巨人軍長嶋茂雄が誕生したのでした。


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